
新歴史観ブックス
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7月30日は何があった日?
1811年の今日、メキシコ独立運動の指導者ミゲル・イダルゴがスペインの植民地政府により処刑されました。「メキシコ独立の父」とされるイダルゴ。都市のドローレス・イダルゴやイダルゴ州は彼の名に因みます。

1811年の今日、メキシコ独立運動の指導者ミゲル・イダルゴがスペインの植民地政府により処刑されました。「メキシコ独立の父」とされるイダルゴ。都市のドローレス・イダルゴやイダルゴ州は彼の名に因みます。

64年の今日、古代都市ローマで大火災が起こりました。ローマ市14区のうち10区が炎上。3区は灰燼に帰し7区は倒壊した家の残骸をわずかに留める程度。当時の皇帝ネロは火災の原因をキリスト教徒にあるとして厳しい弾圧を始めました。

1247年(宝治元年6月5日) の今日、鎌倉幕府執権の北条時頼(画像)の指令により幕府評定衆の三浦泰村ら三浦一族が殺害されました。 鎌倉幕府発足以前からの有力御家人だった三浦氏は滅亡したこの『宝治合戦』は鎌倉幕府滅亡まで続くことになる得宗専制政治が確立する契機に。

1987年の今日、「リヨンの虐殺者」と呼ばれた元ナチス親衛隊大尉クラウス・バルビーに対して終身禁固刑の判決が下されました。 戦争犯罪人でありながらアメリカはバルビーを匿い工作員として利用。行方を追っていたフランスに引き渡されたのは1983年のこと。バルビーは70歳に。

626年の今日、唐の初代皇帝・李淵の次男である李世民が宮中に乱入。長兄で皇太子だった李建成と弟の李元吉を暗殺し実権を掌握しました。父より譲位されて帝位に即いた李世民は後に『太宗』と呼ばれ中国史上有数の名君の一人と称えられることに。

1520年の今日、アステカ帝国の皇帝モクテスマ2世が死去しました。積極的な遠征と中央集権化によりアステカの最大版図を築いたモクテスマ2世でしたが、その最期はスペインによる征服に激怒したアステカ市民から石を投げつけられて死亡したとも、コルテスの部下に殺されたとも。

1995年の今日、カタールにおいてハマド皇太子がクーデターを起こしました。ハマドはスイスで休暇中の父アミールを首長から解任し翌日、自らが首長の地位に就きました。ハマドが設立した衛星テレビ局アルジャジーラはアラブ諸国で最も影響力のある放送局になっています。

1982年(昭和57年)の今日、米IBMとFBI共同のおとり捜査により日立製作所と三菱電機の社員6人が米IBMに対して産業スパイ行為を行ったとして逮捕されました。1980年代の日米貿易摩擦を象徴する事件の一つ。

1189年(文治5年閏4月30日)の今日、鎌倉幕府からの源義経追捕の宣旨に屈した藤原泰衡が軍を率いて義経のいる衣川館を急襲。義経方の郎党10数騎は全滅。義経は一切戦わずに持仏堂に篭り正妻の郷御前と4歳の娘を殺害した後、館に火を放って自害しました。享年31。

1221年(承久3年5月15日) の今日、後鳥羽上皇(画像)が鎌倉幕府の執権・北条義時追討の院宣を発しました。戦争の結果、上皇は幕府軍に敗北。隠岐に流されました。以後、鎌倉幕府は朝廷の権力を制限。京都にて朝廷を監視する六波羅探題を置きました。

1963年の今日、イギリスの陸相ジョン・プロヒューモ(画像)がソ連のスパイと関係のあるモデル兼売春婦に国家機密を漏らした容疑をかけられた責任を取って辞任しました。この事件は当時のマクミラン政権の崩壊につながり「20世紀最大の英政界スキャンダル」とされています。

1593年の今日、シェイクスピアに先がけてエリザベス朝演劇の基礎を築いたイギリスの劇作家クリストファー・マーロウ(画像)が死去しました。マーロウは居酒屋で刺殺されましたが、当局はこれを単なる事故として処理。現在では、口封じのために謀殺されたというのが定説に。

1868年(慶応4年閏4月6日)の今日、 幕末期の江戸幕府の重臣だった小栗忠順が取り調べもされぬまま官軍によって斬首されました。享年42。 西郷隆盛 は小栗のことを「偉大なる権謀家」と称し、大隈重信は「明治政府の近代化政策は小栗の模倣にすぎない」と語ったそうな。

1573年(天正元年4月12日) の今日、尾張に遠征中だった武田信玄が死去しました。浜松で徳川と織田の連合軍を蹴散らした武田軍は尾張の侵略を開始しようとした矢先、信玄が病に倒れました。武田軍は西進を取り止め領地に撤退。その途上、信玄は死去しました。

1891年(明治24年)の今日、琵琶湖を遊覧したロシア皇太子(後の皇帝ニコライ2世)が大津にて警護中だった滋賀県警察巡査の津田三蔵に斬りつけられ頭部を負傷しました。「大津事件」と呼ばれるこの事件はまだ曖昧だった大日本帝国憲法の三権分立の意識を広めました。

1796年の今日、フランス政府転覆を計画した革命家フランソワ・ノエル・バブーフらが逮捕されました。翌年ギロチン刑に処されました。 バブーフは「共産主義」や「独裁」という用語を現代の意味で初めて使用した人物の一人。「共産主義の先駆」とも呼ばれています。

1983年の今日、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世(画像)が自然哲学者ガリレオ・ガリレイに対する宗教裁判が「誤りだった」ことを認めました。また教皇は異端者として火刑に処されたプロテスタントの先駆者ヤン・フスに対する名誉回復についても発表しました。

1821年の今日、フランス王国の一将校から皇帝まで登りつめたナポレオン・ボナパルトが流刑先のセントヘレナ島で死去しました。遺言により遺体は解剖され胃に潰瘍と癌が見つかったことで公式の死因は胃癌とされていますが、ヒ素による暗殺の可能性も指摘されています。

1789年の今日、イギリス海軍の武装船バウンティで艦長に対して反乱が起きました。「バウンティ号の反乱」と呼ばれたこの事件は大きな話題となり、その後多くの文学作品、映画が生まれました。

1974年の今日、西ドイツのブラント首相の秘書ギュンター・ギヨームが東ドイツ情報機関のスパイとして逮捕されました。7年後東西のスパイ交換によりギヨームは東ドイツに帰還。英雄として勲章を与えられた彼は90年の東西ドイツ統一後も罪に問われることはありませんでした。