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12月13日は何があった日?

2022年(令和4年)の今日、WBAスーパー・WBC・IBF世界バンタム級王者のプロボクサー井上尚弥がポール・バトラーに11回でKO勝利。新たにWBO王座を獲得しました。ボクシング史上9人目にしてバンタム級およびアジア人初の四団体統一王者が誕生。

12月11日は何があった日?

1981年の今日、アメリカのプロボクサーだったモハメド・アリが現役を引退しました。 現役生活21年。通算成績は56勝5敗で内37勝がKO勝ち。元WBA・WBC世界ヘビー級統一王者。ローマオリンピックライトヘビー級金メダリスト。

9月11日は何があった日?

1950年(昭和25年)の今日、大相撲の関脇だった力道山が突然、自ら髷を切り引退を表明しました。引退の理由は本人曰く「民族の壁に阻まれて大関に昇進できなかったため廃業を決意した」。幕内出場10場所のうち負け越しは1場所だけ。幕内勝率5割8分1厘。翌年プロレスに転向。

7月24日は何があった日?

1974年(昭和49年)の今日、大関・北の湖が史上最年少(21歳2か月)で第55代横綱に昇進しました。新三役から横綱昇進までわずか所要6場所。五場所連続優勝を果たすなど「憎らしいほど強い横綱」と言われ、敗れると観衆が湧いたそうです。後に相撲協会の理事長に就任。

6月5日は何があった日?

1882年(明治15年)の今日、前年に『柔道』を創始した嘉納治五郎が東京下谷稲荷の永昌寺に柔道場を開きました。日本においてスポーツを推進しオリンピック初参加にも尽力した彼は「柔道の父」または「日本の体育の父」とも呼ばれています。

6月2日は何があった日?

1983年(昭和58年)の今日、世界統一タイトルを目指し『IWGP』を立ち上げたアントニオ猪木が第1回IWGP優勝戦でハルク・ホーガンのアックスボンバーを受けリングサイドに落ちて失神KO負けを喫しました。脳震盪を起こした猪木は緊急搬送。

5月27日は何があった日?

2001年の今日、大相撲夏場所の千秋楽優勝決定戦で貴乃花が武蔵丸を破り22回目の優勝を果たしました。右膝に重傷を負い立つことも難しい貴乃花が優勝したことで当時の総理大臣・小泉純一郎は「痛みに耐えてよく頑張った、感動した」と言って貴乃花にトロフィーを渡しました。

5月19日は何があった日?

1952年(昭和27年)の今日、NBA世界フライ級王座戦で白井義男がチャンピオンのダド・マリノに判定勝ち。日本人初のプロボクシング世界王者が誕生しました。以後4度タイトルを防衛。戦後の日本人にとって白井の活躍は希望の光に。

5月14日は何があった日?

1971年(昭和46年)の今日、第48代横綱大鵬幸喜が引退し、初の一代年寄『年寄・大鵬』に。一代年寄とは功績が著しかった横綱が引退した際に協会理事会がその横綱一代に限って認める年寄名跡。歴代の権利取得者は大鵬、北の湖、千代の富士(辞退)、貴乃花の4人です。

4月27日は何があった日?

1962年(昭和37年)の今日、日本プロレス神戸大会で行われたタッグマッチで「銀髪魔」ことフレッド・ブラッシー(画像)がグレート東郷に噛みつき大流血させました。これをテレビ観た老人5人が心臓麻痺で急死。日本テレビのプロデューサーが国会に呼び出される事態に。

4月11日は何があった日?

1974年(昭和49年)の今日、ボクシングのWBC世界ライト級チャンピオン・ロドルフォ・ゴンザレスにガッツ石松が勝利しました。両手を挙げて勝利の喜びを表した姿を当時スポーツ報知の記者が「ガッツポーズ」と表現し流行語になりました。

1月2日は何があった日?

1973年(昭和48年)の今日、ボクシング世界フライ級タイトルマッチにおいて大場政夫が5度目の防衛を成功させました。しかし同月25日、大場は車を運転中、大型トラックと衝突して23歳の若さで死亡。現役世界王者のまま事故死したため「永遠のチャンプ」と呼ばれました。

7月16日は何があった日?

1972年(昭和47年)の今日、大相撲名古屋場所において、前頭四枚目・高見山大五郎が外国出身力士としては初めて幕内優勝を果たしました。表彰式ではニクソン大統領の祝電が読み上げられました。彼は史上初の外国出身の幕内力士であり、翌場所には外国出身で初の関脇に昇進。

6月26日は何があった日?

1976年(昭和51年)の今日、日本のプロレスラー・アントニオ猪木とWBA・WBC統一世界ヘビー級王者のモハメド・アリの異種格闘技戦が行われました。「世紀の一戦」と呼ばれた戦いは猪木の作戦で画像のような状態に。勝負は判定の結果、両者引き分けとなりました。

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